「ふーん」スタンはケイツをまじまじ見ながら鼻で笑って、「ま、いいんじゃないの?」
「だろーだろー?」彼はまんざらでもない様子でにやにやしている。「とにかく顔以外全身覆ってればいいって言うから、いろいろ考えたんだけど、こんな感じにしてみたさ。コンセプトは『メカニック』です師匠」
「初めて作ったにしちゃあ良くできてていいけどさ、それ」スタンの目の前の少年は、赤い長袖のシャツの上にデニムのオーバーオールをはき、白地に青のロゴが入った軍手をはめていた。「……ちびマ○オ?」
「いえーいヒトデ取って無敵モード……ってマ○オとか言うなマ○オとかあ! あと小さいのは気にしてないけど気にしてるんだ!」
「なんかテンション高いな、お前……。まあ、そんじゃ、次は武器だな」
「ブキ? ああ、道具?」何もないよ、という風に両手をぶらぶらさせる。「スタンみたいのは大量殺戮兵器はいらないよ。おれは『穏和な《ピジョニィ》』白昼夢破壊師になるんだ。必要だったら、愛のビンタとかでいいだろ」
「何回も説明してるだろーが」呆れたようにスタンがため息をついた。「他人の精神の『本体』、つまり今の俺とか患者とかに、万一直接ケガさせられたらやばいんだって。軍手してたって、むやみにそれで殴るなんてまともな考えじゃない」
「うーん、でも、今更マシンガンとかは……」
「何で殺戮兵器にすんだよ。バットとか、鉄球とか、火炎放射器とか色々あるだろ」
「なんかそれも残酷じゃん。……あ、魔法とかは? 杖もって幻獣召喚」
「他人の夢でそんなばかでかいことするなんて、俺の武器より高度だぞ。いくら想像力がいると思ってんの? ていうかゲームじゃないからこれ」
「……えー、もっとこう、人を傷つけないような武器ないかなあ」
「そもそもそう言う考え方が矛盾してんだって」語気を荒くしてスタンが語り始める。「甘ったれてる奴らを傷つけないで助けようって言う考え方が。『強硬な《ホーキィ》』破壊師がどうして問題になるんだよ。目を覚まさせて欲しいと思ってんだよ、自分に甘えてて起きれないから。ならぶっ飛ばしてやれば良いんだ。望み通り痛めつけて、自分がどんなに腐ってたか思い知らしてやらなきゃい」
うなっていたケイツがパッと顔を上げて、「そうだ! あるよあるある平和的武器が!」
「俺の話……聞いてないだろ……」
「ごめん今重要局面だからっ。ええと、心を落ち着かせて……頭の中に……リアルにー、リアルにイメージするー……」彼はまぶたを閉じて、へその前で何か抱えるように手のひらを開いた。「そう、これを、にぎって……」すると、その手元にうっすらとおぼろげな赤いものが見え始め、目をつむったままケイツはそれを両手で握るように指をゆっくりと動かした。すると、そのあたりが細い棒状にはっきりする。そして全体像も。
目をゆっくり開いて、自分のが掴んでいるものを見て、よし、とケイツが呟く。
スタンはそれに向かって、「は?」と間抜けな声を出すと、ひざから座り込んで、
「ほほっ、お、おいおい、勘弁してくれ、ひひい」大爆笑し始めた。「――な、なんでピコピコハンマーなんだよ、バカ……」
*
「なにをっ。バカ呼ばわりして」ケイツは仰々しく、ピンクの長い柄に赤いジャバラのプラスチックハンマーを振り回した。「見よ、この友好的っぷり! これで殴ったら結構クるんだぜ? そしてそんなに痛くないし。ピジョニィなおれにぴったりでしょ」
「ゆ、友好的って言うか……」気を取り直してスタンが言う。「ただのバカだろ」
「ははん、二回もバカだって言ったな。そこまできたら、おまえに喰らわせてやろうか」ホームラン宣言のように、ケイツは彼へハンマーを向けた。「愛の、ピコピコハンマー」
「野郎の愛なんか絶対いらねぇ。ぜったい」皮肉っぽくスタンは笑うと、腰に差していた短い金属の棒を抜き、両手で二つに引き離して柔らかく垂れる光を伸ばした。ピン、とそれを伸ばして構えると、「……これありで、やってみるか?」
「武器なし夢の中無法地帯マッチ:対戦成績0勝8敗、雑魚キャラだってなめんなよ! こう見えても日々身長ともども進歩しとるんじゃあ!」
「それ何の口上だ?」
「でえいやああああああっ」
何となく中途半端に叫びながら、一直線に駆け出すケイツの進路へ向け、スタンが左右の光の剣を鞭に戻し、勢いをつけて続けざまに放つ。スパン、スパンと音がはじけ、一か八かみたいな顔で、ケイツは残像と走る空気とその切れる音を抜けて縮こまって飛んだ。鞭が跳ねる。彼は何度も小刻みに避ける。スタンはにやっと笑いながら、ゴムまりみたいなケイツめがけて鞭を振る。一つがものすごい勢いで前髪をかすめ、彼はあわてて身を引いて背中から地面に落下した。起きあがる間も入れず真上から突き刺すようにもう一方の鞭が来る。
「おわっ、やばっ」ケイツの頭が勢いよく回る。が、どうしようもないので、実際やけで、持っていたピコピコハンマーをタイミング良く鞭へ振った。白くスパークし、和太鼓が破裂したような音とともに、一瞬彼の目の前までぐにゃっと曲がった鞭が斜め遠くへ吹っ飛ぶ。
「ぬおう!」自分のしたことに仰天するケイツ。「すげえこれ、なんかすげえよ! スタンののびるやつが効かない! ぬおうおう!」
「ああ。……確かに驚いた、けど」
仰向けのままはしゃいでいたケイツの頭の方から、さっきよけたの鞭が再び襲い、丁度腹部を斜めに切るように、平手打ちのような小気味いい音でたたきつけられた。
「い」その顔が一瞬、石膏像のように固まってから、苦痛で叫び出すように歪んで、「……だああ、あああ、ああいいいいい、おおうう……」声にならない声を絞り出してのたうち回った。「死ぬ……じーぬー、うう……おばあちゃん、見える……」
「ホントのパワーなら、今頃体まっぷたつだな」スタンはそれを呆れたように見ながら、肩をすくめた。「……一回一回はしゃぐなって、何回言ったらわかるんだろ」
*
ケイツがはっとして目を開くと、そこはもう見慣れてきた、オゴの昼寝屋の奥の小部屋の中だった。すでにスタンは覚醒していたらしく、なにやらテーブルに紙を置いてつらつら書き物をしている。
おずおずとそれを見ながら、機嫌を取るようにケイツが言い出した。
「あのー、なんていうか、いつものことだけど、進歩はあるでしょ? ほら今日なんか一気に服から道具から自分で『想像』できたしさ、確実に成長している気がするんですがいかがでしたか、がははは、……えへへへ?」
「えへ、じゃねぇよ」あっさり一蹴するスタン。「確かにお前の想像力は抜群だ。簡単に俺の『白昼夢』からアウトしないだけでも、相当メンタルにも根性がある。だけど、自分をコントロール出来てない。うまくいったら『うまくいった』って気持ちばっかになって、油断してばっか。つまり『理性』。理性が絶対的に足りないし鍛えられてもいない!」
「り、理性……それは、その……」
これまでスタンの『白昼夢』を使ってやってきた訓練を思い出す。うれしかったり、怖いことがあったりすると、一瞬我を忘れてしまうのだ。自分はスライムだというイメージをしてしまって溶けたりとか、本当に寝てしまったりとか、気が付いたら空を飛びながら大声で国歌(しかも他国)を熱唱していたりとか、あげるときりがない。
「でも、サルよりは理性あるよな? えへへ」
「破壊師としてはサルだ」またきっぱり切り捨てると、彼は書き終わったメモをケイツの目の前にぽん、と置いた。
「一日一回、このメニューを家でやっとけ。俺が昔やってたのよりちょっときつめにしておいたから」
「これは……、なに『CD15分 DVD15分 テキスト15分 外15分』って、なんか分数が明らかに適当で意味不明なメニュー」
「メンタルトレーニングのキットがある。お前に貸してやるから、説明書の通りにそれをやってみろ。1時間くらいなら朝晩に分けてできるんじゃない?」
「えぇー、1時間も? めんどく」
言いかけて、スタンがじろっと睨んでいるのに気づいたケイツは、
「――さくないのでがんばるよ! むしろがんばるさ!」引きつった笑いを浮かべた。
その時、ドアがノックされて、スタンが愛想なく返事した。すっとドアが開いて、
「やっぱりここに――あ」
栗色の髪をショートカットにした、制服を着た中学生くらいの少女がひょっと顔だけ出す。ケイツとその目があって、彼女は目を丸くした。
「あ」ケイツも目が点になって、その後今にも飛び上がりそうな顔で、「あ、ああああ、ナフサさん! ど、どどどうしてここに?」
「どうして、って言われても……」困ったようにはにかむ彼女。「もしかして、スタンの弟子って、……アルマイ君?」
「そ、そだけどなんで知ってるの? というか知り方が微妙なの?」
「あのさあ、リリ」不機嫌そうにスタンが声を上げて立ち上がった。「四階には来ないで二階で待ってろ、って、いつも言ってんですけど」
「それは、……ごめんなさい」彼女の声が沈む。
「『いつも』? お友達ですか?」二人を交互に見ながらぽかんとするケイツ。
「でも、この前貸した白昼夢遊病の本、すぐに図書館に返して来なきゃいけないから……。ばあやさんも出かけてるみたいでいないし、そっちも一区切りついたみたいだったし――」
「もういい、わかったよ! すぐ返すから、さっさと返しに行け」いらだちながらそう言うと、スタンは一人で部屋を出た。
「本当に、邪魔してごめん」
「だからもういいってそれは」言いながら、彼は階下へ消えていく。「あと、今日の練習は終わるから、ケイツもキット持ってすぐ帰れ」
「?」ケイツは状況がつかめずに、ただ突っ立っていた。「???」
*
夕焼けの濃くなった、赤い光の透き通る家並みの中を、ケイツとリリは並んで歩いていた。とりあえず彼は、図書館まで付いていきながら、彼女に話を聞こうと思ったのだ。住宅街から出て、学校の方へ続く少し広い通りをまっすぐ歩く。人通りは少なく、勘違いした街灯がちらほら光って続いている。図書館は歩いて五分の、二本お飾りの塔が付いた茶色くてへんてこりんな建物で、遠くからでもよく分かる。
「えっと、つまり、ナフサさんは、幼なじみってことね」ケイツが尋ねた。
「うん。幼稚園からずっと」彼女は頷く。「スタン、そういうことで冷やかされるの、すごく嫌いだから。アルマイ君も良かったらあんまり言わないで欲しいんだけど……」
「いや、それはもちろん。でも別に、幼なじみだからって隠すことなかろうに」
「昔は、スタンも気にしたりしなかったよ。でも、今は恥ずかしいみたい」
「気持ちは、まあ分からなくはないけど……。で、おれが弟子だったってことはナフサさんには隠してたわけね。三人同じクラスなのに、今日初めて分かったって、ねえ」
リリはくすっ、と笑って、「きっと、スタンのキャラじゃないことをしたから」
「……キャラ?」
「スタンらしくないことをしたって、自分で思ってるんじゃないかなあ。他人からどう見られてるかって、意外とすごく気にするの。そんなこと、別に気にしなくても良いのに」
「な、なんかあいつの本質を見抜いてそうな冷静かつ率直な分析……」ケイツは感心したように彼女を見た。「ナフサさんは、スタンのことよく分かってるんだね」
「え?」
「なんか、スタンの奥さんみたいじゃない?」
「え、ち、違うよ!」あわてて否定するリリ。「スタンとは、昔から知り合いなだけだもん。私の家、心療内科やってるでしょ、わたし色々観察する癖がついちゃって、あはは」
「そうだよねえ、それなら良かった、あはは」ケイツが何とか付き合い笑いをしてやったあと、二人はしばらく無言になって、妙な空気が流れた。
彼はむずむずして、何か言いたげな顔をして、ずっとこらえていたが、やがて覚悟を決めたように、おそるおそる、
「あっあの、……ナフサさん」
「なに?」
「ナフサさんは、その、大分前になるけどさ、おれの『手紙』のこと、覚えてる?」
「手紙? アルマイ君から、てがみ……」しばらくリリは考え込んで、申し訳なさそうに笑うと、「ごめん、何のことだっけ」
「……う、うーんと、あ、も」まごつくケイツ。「覚えてないならいいんだ。うん。覚えてたときしか通じない話題だから」
「なら、いいんだけど……?」
煮え切らない表情で図書館へはいる彼女を見送った後、ケイツは近くのバス停へ走りながら、「記憶にも残らない、ってことか……」と悔しそうに呟いた。
「くっそぉーっ」
*
『このDVDは、感覚的・精神的に若干刺激の強い映像と音をランダムで流します。三分に一回キーワードが表示されますので、どのような映像や音になってもキーワードを連想するようにしてください。なお、同じDVDはしばらくは使わないでください』
少し床の散らかった自分の部屋で、ベッドの縁に寄りかかってケイツはスタンにもらったトレーニングキットを試していた。ヘッドフォンをテレビにつないで、部屋を薄暗くしているので、静かな部屋はただ青白いちらつきで照らされたり照らされなかったりする。
(こんなんで本当に大丈夫なのかなあ……)
疑い半分のケイツの目に、「りんご」という文字が映る。その後で、突然何かの映画の戦争シーンになった。戦車が立て続けに大砲から火を噴き、兵士たちが伏せながら機関銃でぶちまけた。ところがヘッドフォンからは大量の猫のひしめくような大合唱が聞こえる。
(ななななんじゃこりゃ。り、りんご、りんご……)
その後不規則に、そして映像と音はバラバラに切り替わっていく。クラゲの海中遊泳、漫才の掛け合いの音、卵を延々と潰す映像、サンバのリズムとノリノリの歓声、インド映画、ライオンがシマウマを食べる映像、のび×がドラ○もんに泣きつく声のループ。
(これ、許可とってんだろうか……じゃなくてりんごりんご!)
一度もはっきりとリンゴをイメージできないうちに「さくら」という文字が映る。その後、これも映画だろうか、裸の男女の激しいラブシーンが童謡の歌声とともに始まった。
(わわっなんでこんなんが、っていうか胸がモロに! むね……じゃなくてさくらを……結構この人いいな……っじゃなくて、さくら!)
とにかくつむりそうでつむらない目で画面に見入っているところで、ヘッドフォン越しにドアの開く音がした。びくっとして振り向くと、いぶかしげな顔でケイツを見下ろす、長髪で少し年上の少女が立っている。半分パニックになってヘッドフォンを外すと、
「い、いやこれは能力開発トレーニングキットでいやその何にもいかがわしいものじゃ」
「エロい映画で何の能力開花させてるのよ」皮肉っぽく笑う少女。そしてしみじみと、「こうしてK2(家での呼び名)も大人の階段昇ってくのね、お姉ちゃんいいもの見たわ……」
「だから違うっつってんだろーが、これは白昼夢破壊師になるための――」
「おかーさーん」姉は心底楽しそうにドアの外へ呼びかけた。「K2がロマンティックにスケベになってきたよ!」
「だあからちがっ、意味わかんねーよ!」真っ赤になってじだんだを踏むケイツ。
*
「そして昨日は散々『赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?』について親に演説されました」ケイツが忌々しそうに言うと、スタンは笑いをこらえながら、
「そ、そりゃいいね。……いい人生の勉強になったんじゃねぇの?」
「うっさい。おまえのDVDのせいなんだかんな」ぎろりとスタンを睨んで、ケイツはその長い、空気でふくらませた青い剣をスタンへ向けた。「ぜったい、勝つ」
二人は畳風のマットがだだっ広く敷かれた、武道場の中で対峙していた。どちらも私服だが、ヘルメットに透明マスクをつけたものをかぶり、赤い長方形で区切られたコートの中で、少し間合いを取っている。
「あのDVDごときでまごついてるやつには、負けねえな」ふっ、と笑って、スタンは両手に持った短いエアー剣を構える。「かかってくれば?」
「いわれなくてもっ」
ケイツはぐっと足を踏み込むと、スタンの脳天めがけて真上から長剣を振り下ろす。それを剣で難なく受け止めると、すかさず彼はもう一方の剣を突き出し、ケイツはあわてて後ずさりしながらその脇腹へ回すように剣をたたき込んだ。それも防がれ、しびれを切らしたケイツはやみくもにあっちこっちからスタンへ乱れうつ。
「ふっ」
スタンは両剣をバッテンにしてそれを止め、足を引いてよけ、軽くはねた。そして一方の剣を盾にしながら思いきりケイツの首もとへねじ込む。それを押し返し剣を大きく左右に振って追い払うケイツ。が、すぐさま彼は低い姿勢で迫ってくる。剣を横倒して防ぐと肩めがけ振った。剣で止めたスタンは、反対の剣をケイツの足へスイング。ケイツの剣がそれをはじき、そのままスタンの顔面へ飛ぶ。防ぎきれずにスタンは素早く後ろへ転がる。
「よっしゃ、とどめ!」
自信をにじませながらケイツが、まさに起きあがるところのスタンへ躍りかかって長剣を力いっぱい振りかざす。スタンはにやっ、と笑うと、両脚をバネにケイツの胸元めがけて勢いよく飛び出した。彼が振り下ろす前にそのまま飛びつくようにぶつかって、両の短剣を一気に彼の腹へ突いた。それがめりこむ。
「!」しまった、と思いながら後ろへと棒のように倒れるケイツ。
「暗殺戦法」呟くスタン。「進歩してるみたいだけど、まだまだだ」
おおーっ、と武道場の端で帰る支度をしながら見ていた少年たちから声が上がる。
「はーい、そこまでー」壁により掛かりながら、オゴが気の抜けた声を出した。「ケイツ君も、うまくなったねえ。夏にスポチャンの大会あるんだけどさあ、出てみたらどう?」
「け、結構です……」倒れたまま意気消沈してケイツが言う。
「俺たちゃ『修行で』これやってるんだからね、オゴさん」スタンはくるくる肩を回している。「それに、オゴさんがコーチの代わりやってるうちは試合に出ても負けるだろ」
「正直に言うねえ……。どうせ僕は父ちゃんと違って防御しかできませんよ」ふてくされるオゴ。「じゃ早いところ帰りましょうか。――さっきクラリスさんから電話あったんだ」
「ばあやから」スタンの表情が変わった。「患者か?」
「うんや?」面白そうにオゴが告げた。「『連盟』の人が待ってるってさ」
それを聞いたスタンは、嫌そうな顔で「またかよ」とこぼした。
*
「五分だけストライキする学校の先生の組合みたいなもんさ。白昼夢破壊師にもあってね、破壊師の中のルールを決めたりとか、破壊師の待遇が良くなるように州や政府に働きかけたりとかしてるわけ。あと、デモとか、デモとか、総決起集会とか?」オゴが説明した。
「それが『連盟』ですか?」
「うん。破壊師のそういう組織は二つあって、『全国白昼夢破壊師連盟』と、『連邦白昼夢破壊師協会』ってやつね。知ってる人たちは『連盟』と『協会』って呼んでるよ」
「ははあ……」頷くケイツ。「でも、オゴさん何でそんなに詳しいんですか?」
「そりゃあ、作……じゃなくって、スタンのお家とは長い付き合いだしねえ。あと、僕の大学での専攻は『精神構造学』っていって、要するに白昼夢遊病のことをやっとるんよ」
「大学生だったのか。いつ大学行ってるんだろ……。まあそれはおいておいて」ケイツは釈然としない風にスタンを見た。「何でスタンがその『連盟』で腹を立てるんですか?」
外はもう夕焼けがかっている。三人は武道場から街並みを少し歩いて、事務所と古本屋(と昼寝屋)のある雑居ビルへ戻ってきた。スタンは少し前方を歩いていてほとんど喋らず、背中越しに不機嫌さがはっきり分かる。
「『協会』の人が来てもあんな感じだけどね」オゴは苦笑した。「スタンは二代目のスタナーでしょ。業界の有名人。『連盟』も『協会』も、スタンに加入してもらった方がイメージアップって言うか、こっちの方が偉いでしょ、ってことになると考えてる訳さ。多分、今日も勧誘しに来たんだろうけど、本人はどっちも気に入らないようだからね……」
「入りたくないんですか? スタンは」階段を上りながらケイツがきく。
「まあ、学校にも組合入ってない先生っているでしょ。別にいけない事じゃないわな」
スタンが事務所のドアをあけて、「ただいま」と投げやりなトーンで言う。
「おっ、待ってましたよ」事務所の中から男の声。「『スタナー』さん」
なぜか店に戻らないオゴに続いて、おずおずとケイツも事務所に入る。接客用のソファに、暗色の紳士服を着た背の高そうな三十歳前後の男がゆったりと腰掛けていた。
「おや?」男はオゴに気づいて、にやりと笑った。「珍しいねえ」
「はあ、どうも、ジソーさん」にこにこしてペコペコするオゴ。「お久しぶりです」
「いつもいつもごくろーさん」スタンは嫌々反対側のソファに座って、「じゃ、帰っていいよ。俺が聞くことも言うことも何もない」
「まあ、そう言わないでくださいな。一応わたくし、これでお給料もらってるんでね」短いあごひげを触りながら男は少しきざな声で言った。
「じゃ、ゆっくりしてっていいよ。ただしあれこれ喋らずに」
「つれないなあ」肩をすくめたジソーの視線が、ふとケイツに向けられた。焦るケイツ。
「あっど、どうもござんした」
「おーお。君か」立ち上がって、ジソーがケイツの前へやってくる。「噂はうちの連盟でも飛び交ってるよ。『若き才能・二代目スタナーに弟子がついた』って。君がそうだろう?」
「は、はいい」余計焦るケイツ。「ケイツ・アルマイ、です」
「全国白昼夢破壊師連盟本部、青年統括本部長のジソー・アトンシオンです。どーぞよろぴく」軽く礼をすると、握手を求めてきた。ケイツはおっかなびっくり握り返す。
「どうも、よろぴく……ぴく?」
「こう見えても結構凄いんだよお兄さん。仕事じゃこう呼ばれてる――」
手の力が強くなって、ケイツははっとジソーを見上げた。意味ありげにうっすら笑いながら、視線だけ突き刺すように自分の瞳に向いているのが分かる。何の変わりもないのに、恐ろしいくらいの目の力。顔をこわばらせたまま、ケイツは動けなくなる。ぼんやり意識がかすんできて、視界が白っぽくもやと化したところに、染み出るように、黒のスーツとサングラスをかけたジソーが現れて、
『【愉快犯《C.W.E.》】。車の種類じゃないからね』と口にした。
やっとの事で息を吸うと、パッと映像は消えて、意識も元通りになった。ケイツの額からこめかみの方へだらだら汗が垂れる。ジソーは手を離して目をぱっちり開くと、
「俺も破壊師として先輩だよんケイツ君。師匠のこと、将来の展望でお悩みなら相談してね〜」商売スマイルでケイツに名刺を差し出した。
「おい」スタンがぎろりとジソーを睨む。「余計なことをするなら、さっさと出てけ」
「はいはい、そうします。おねえさまっコーヒーごちそうさま」
奥の部屋から、はあい、と笑いうばあやの声。ジソーはドアの脇の服掛けスタンドからふち付き帽子を取って被ると、オゴとケイツに指をひらひらさせてドアを開けた。そしてドアノブに手をかけたまま、
「君のお父様には大変お世話になった。我々『連盟』は君に終生すばらしー待遇を保証しますよ? 君も、我々もお互いに幸せになれると思うがねえ。――たとえ君が、『お父様に遠く及ばなかったとしても』」
そして、けたけた笑いながら事務所を後にしていった。その姿を見届けた後、スタンは小さく舌打ちした。
*
「せっかくいらしたんだから、ショーゴ君もゆっくりしてらしてねえ」
ジソーのあとに座ったオゴとケイツの前に、ばあやがリンゴジュースが置く。スタンにも差し出して、最後にお菓子の山ほど入った皿をテーブルの真ん中に置くと、空になったお盆を抱えてまた奥の部屋へ戻っていった。
「いちおう、上でお店やってるんだけどね……客来ないしいっか」オゴがちびちびとジュースを飲み始める。
スタンは相変わらず機嫌が悪いままだ。黙ってチョコレートばかり皿から選んで食べていて、ジュースには手をつけない。雰囲気の悪さに居心地の悪くなったケイツは、
「あの、オゴさん」とにかく話し始めた。
「ほいほい」
「あのジソーさんって人、どんな人なんですか? 白昼夢破壊師みたいだけど……」
「どんな人って、人呼んで『愉快犯』っていう、スタンみたいなホーキィの破壊師だよ。スタンよりも徹底して人の精神の中で暴れるのを面白がってるっていう話だけど、腕は確かで評判は良いね。凄く計算してビル爆破するような感じ、って誰か言ってたかな」
「『連盟』の人って、みんなあんな、ちょっと性格悪そうな人なんですか? 」
「ああ、ってこともないだろうけど……。まあ一般的にはね、ホーキィの『連盟』にピジョニィの『協会』って言われてるよ。ケイツ君はピジョニィな破壊師が目標だっけ?」
「もぃろんdふぇす!」クッキーをほおばるケイツ。「ふぇ、平和が一番!」
「ピジョニィといえば、この界隈ではゴルドーさんかなあ。あ、ケイツ君は知らない?」
「えっと、……『職人《クラフツマン》』って雑誌で呼ばれてた人?」
「そうそう。破壊師、って仕事ができた頃からずっとやってる超ベテランね。たまにここにも来るのさ、あの人『協会』の人だから」
「そうなんですか!」目を輝かせるケイツ。「職人芸かあ。しょくにん、良い響き……」
「俺も職人なんだけど」愚痴るスタン。「悪かったな、芸がなくて」
「まあそうくさんないでさあ。破壊も芸術ですよ? 僕廃墟とか大好き」苦笑するオゴ。「ケイツ君ももし会ったらありがたい話でも聞いたらどう?」
と、事務所の扉をノックする音がして、スタンが怒鳴るように返事した。まず入ってきたのは、茶色いスーツを着た眼鏡の中年女性。上品に微笑んで会釈する彼女を見て、オゴが真っ青になってその場に立ち上がった。
「なっ」猛烈な勢いで何回も礼をする。「そ、っそっその節はお世話になっております!」
「あら、えーと、火曜日の授業の……オゴ、君だったっけ?」くすっと笑う。「あんまり出てこないから、覚えられなくて……」
「ごごごごもっともです、申し訳ありません! ったしか、4回くらい休んでいたかと」
「もう4回も……。何か理由があるの?」呆れたように笑う。「そんな難しい内容じゃないのに。これ以上休まれると、単位出せないわねえ」
「さぼって、違った父が重病で店を代わりにやってるんで、何とぞご容赦のほど……」
「あらまあ。じゃあレポートで多めに見ましょうか……。と、今日はその話じゃなくて」
そこで、彼女の背後から低い声。「クリプトさん、つかえてるんでな、早く進んでくれ」
「ああ、ごめんなさい」
彼女の背後から革のジャンパーを着た体格の良い白髪交じりの老人がのそっと現れた。ケイツは驚いて、スタンは嫌悪感をあらわにして声を出す。
「職人芸!」「やっぱりじじいか……」
老人は強面でスタンを見下ろすと、へっ、と笑った。
「よう、久しぶりだな、――小僧」
「まだ死んでなかったんだ?」スタンは挑発するように言って、彼を睨む。
*
ばあやが奥から顔を出して、女性や老人と挨拶を交わす。老人はその朗らかな表情のまましわがれた声で悠々と彼へ返してくる。「残念ながら憎まれ年寄りは世にはばかると決まっててな。わしに死んでほしけりゃ、にこやかに挨拶でもしてみろや、ん?」
「へーえ良いこと聞いた」目が笑ってない微笑みを浮かべて、スタンは、「こんにちは、おじいちゃん! おじいちゃん大好き!」
「ははっ、相変わらず幼稚な思考をしやがって」
「俺は子どもだからな」
「そう。時々、あるところじゃ大人と同じふりしながら、そう言い訳をするたぐいの子どもがいる。何人も見てきた。子どもだとも大人だとも主張できる、自分の都合の良い年頃を自覚して、利用できる子どもが……」うっすら笑いながら、老人はスタンの座っているソファの背もたれに手をかけて、嘲るように、「わしに言わせりゃ、クソガキだ」
「好きなように言えば」スタンは意に介さず、笑い返して、「クソジジイ」
沈黙が広がったその時、ばあやが後から来た二人へ座るよう勧めて、コーヒーと紅茶をそれぞれ出すと、一人用のソファに移動するスタンに「あまり良くない言葉を使わないように気をつけなさいね」と釘を刺して戻っていった。彼は虫が悪そうに黙り込む。
「ゴルドーさん、再開を喜びあうのはその辺にしてね」クリプトが紅茶を口にしてため息をつく。「わたし一人で来れば良かったかしら。あちらのボクもおっかながってるわ」
「ボク?」きょとんとした顔で、ゴルドー老人は向かいのソファで硬直しているケイツに気づいてぎろっと見つめた。「ん、坊主、もしかして、……小僧の『弟子』、ってやつ?」
「はっはいケイツ・アリマイです」マニュアル通りだが自分の名前を言えないケイツ。
「こいつ生意気に、弟子なんぞと、かっこつけやがって……。こんなまだちっこい子を」
「いやあの、スタンと同い年です」どうしてもそこだけは言及したかった。
「素直そうな坊主じゃないか。こんなガキとつるますのは実に可哀想だ」コーヒーを飲みながらしみじみと彼は言う。「どうだ、わしの弟子にならんか? うちはばあさんと結婚してからずっと二人暮らしでな……」言いながら、何かに浸っているようだ。
「は、はあ」なんかそれは微妙に弟子と違うんじゃないか、とケイツは思った。
「孫を見るのも、夢のまた夢でなあ、話し相手になってくれたら、ばあさんも喜ぶわ……」
「えー、っと」やっぱり違う、とケイツは思った。「おれはスタンでいいんです」
「いやあ素直!」ますます彼は感心して、「いきなりこんな爺さんに教わるの、やだよな」
「それでね、スタン君にたびたびお願いに来て申し訳ないんだけれど」クリプトはゴルドーを無視して切り出すことにしたようだ。「『協会』とうちの大学で合同でやってる、白昼夢破壊師と患者の脳波測定に参加して欲しいんです。これプリントね」スタンの前にワープロ印字されたB5の紙を差し出した。スタンが見ようとしないので、代わりにケイツがもらって読む。「これまでと同様、休日一日を使って一気にやってしまいます。それでね、やっぱり破壊師にもピンからキリまでいて……、正直イメージ力が弱い人も多くて、それじゃデータも曖昧で参考にならないの。『クリスタル』や白昼夢遊病の物理的な解明のためにも、協力してくれないかしら。あなたを見込んでのことですよ、スタン君」
「じーさんで十分でしょ」頭の後ろで手を組んでスタンはため息をつく。「別に、俺は先生が嫌いだとかで断ってるんじゃないんだ。――『協会』が絡んでるのが気にいらねぇ」
「……それは、破壊師全体で、いろいろな面からこの病気を理解しようと――」
「ならどうして『連盟』とも協力しない?」鋭い視線をぶつけるスタン。
困ったように口を結ぶクリプト。「それは」
「もっともらしくして、なあに当たり前なこと聞いてんだ」ゴルドーが割って入る。「うちと『連盟』は仲が悪い。クリプトさんはただうちの方を選んでるだけだ。……お前はただ、組織に祭り上げられて、『親父さん』と同じような目で見られるのが怖いんだろうが」
「うるさいな」うなるように言う。
「自分で感じてるがはっきりと見えない。そうやってなあなあでやってきた自分のプレッシャーが、はっきり目の前に形になって見えるのが、怖い」穏やかな表情で問いつめる。
「うるさいんだって!」スタンが怒りをあらわにして声を荒げる。呆れたように首を振ると、ゴルドーは立ち上がって、クリプトの肩をポンと叩いた。
「行きましょうや。ダメだ。頑固なガキほど説得の難しいものはないですぞ」
「……そうしましょう。もし気が向くことあったら連絡ちょうだい」諦めたように彼女も立ち上がるが、老人を見て、「でも、ゴルドーさんも火に油を注がないでくださいな?」
「ははは、わしは子どもがいませんからな、扱いが難しいのなんのってね」おどけてそう言うと、「せいぜい縮こまっとけクソガキ。――クラリスさん、おいとまするからー!」
ばあやがあわてて出てきて、二言三言交わして会釈すると、彼らは事務所を出て行った。スタンは事務所の窓の下のアロエを触りながら、今にもものを投げつけそうなほど殺気立っている。そして、動揺していたケイツは、職人芸について聞きたかったのを思い出して立ち上がったが、もう意味がないことに気づいて、口をぱくぱくさせるばかりだった。
「ゴルドーじいさん……」オゴが沈んだ表情で呟いた。「もしかして僕に気づかなかった?」
【クリッ! 2nd.Cr!【後編】へ続く……】
