小説同盟(N-A)オンラインプロローグ〜桃太郎〜
昔々のそのまた昔、ジャングルの奥地のある所に、お爺さんとお婆さんのなまけもの夫婦が住んでいました。お爺さんは山へしば刈りに行く必要もなく、お婆さんはすぐそこの川まで洗濯へ行く気力もないでいました。ある日、夫婦がひなたぼっこをしていると川の上流からドンブラコッコ、ドンブラコッコと大きな桃が流れてきました。大きな桃はあるところで大きな木の枝に引っ掛かり、そこはちょうど夫婦の住み家の前でした。
 大きな桃はしばらく枝に引っ掛かったまま水面をプカプカ浮いていましたが、突然きれいに筋がはいったかと思うと、桃はきれいに真二つに割れ、中から小さな裸の男の子が出てきました。男の子は桃の中から這い出てしばらく辺りを見回していましたが、夫婦を見つけるとすくっと立ち上がり、彼らの方へかけ寄って行きました。その異様な光景にもかかわらず、夫婦はただ退屈そうにその男の子を見つめてあくびをしました。男の子は夫婦の前で立ち止まり、若々しさにあふれた凛とした口調で話しかけました。

「すみませんが、鬼が島はどこにあるのでしょうか?」
「おにがしま?きいたことないねえ。おじいさんは?」
「わしも知らん」
「そうですか…。失礼しました」
男の子は急いでいるのか、軽く礼をすると踵を返して桃の方へ戻り始めた。
「まあまあ。そうせかせかしなさるな。こんなところに来客とは珍しい。そもそもおにがしまとは一体何なのなのですか。もしよければお話くだされ。何か思い出すかも知らん。まあそこにでも腰かけなされ」
おじいさんは男の子を手招きし、近くの木を指差した。
「そうですか。それでは…」
そう言うと、男の子は木の根元にちょこんと腰をおろした。
「鬼が島には鬼がいるんです」
男の子はすべてが緩んだような夫婦とは対照的な緊迫した面持ちでで語り始めた。
「おにとは?」
「鬼というのは……」
そう言うと男の子は言葉に詰まったらしく渋い顔をして黙っていたが、夫婦はもとよりさほど興味もないのか、毛をポリポリと掻きながらのんびりとした表情のままだった。
「誠に変な話ではあるんですが、その鬼が何をしているかは知らないんです。でも、何故か鬼というのが邪悪で非道で残忍な存在な気がしていて、その鬼を懲らしめてやらなくてはいけない気がするんです。」
「ほう」
「へえ」
夫婦は驚いたわけでも感心したのでもないのに、間抜けた声を上げた。
「ばあさんや。わしゃ、似たようはなしを聞いたおぼえがあるんじゃがのう。知らんかね」
「じいさんや。わしゃも似たような覚えがあるんじゃがなんだったかのう」
夫婦の的を射ない会話に若い男の子は嘆願するように迫った。
「お願いです。思い出してください。何でも構いません。僕はずっとあの桃の中にいて、それだけを考えてここまでやって来ました。僕がしなければならない事をいろいろ思い浮かべるのですが、全てがおぼろげなのです。けれど僕の心の中で鬼に対する思いは強くなり、居ても立ってもいられないのです」
「ほう。そりゃあたいへんだじゃのう。ばあさんや」
「ほんに。たいへんですねえ。じいさんや」
表情一つ変えずに間抜けな声で会話をする夫婦にしびれを切らした男の子が立ち上がった
「どうやら何もご存知ないようですね。仕方ありません」
男の子がそう言って再び桃の方へ戻ろうとした時、おじいさんが男の子を制するように声をかけた。
「お前さんじゃ鬼は倒せんよ」
男の子は驚いて後ろを振り返った。そこには先程と同じ表情の、しかし緩んだ雰囲気の無い老人の姿があった。
「おじいさん。やはりあなたは鬼を知っているのですね?」
男の子は目を輝かせておじいさんに問い掛けた。
「鬼はどこに!鬼はどこにいるんです!?」
「さっきも言ったじゃろ。わしはおにのことは知らん」
「じゃあなぜ僕が鬼に勝てないと言うんですか!」
男の子はおじいさんの方へ詰め寄り大声で叫んだ。おばあさんが心配そうに事の成り行きを見ていた。
「知らなくても分かるとも。お前さんには力も、知恵もない。お前さんにあるのは無謀な勇気だけじゃ。そんなお前さんに何が出来る。言うてみろ」
「それは…」
男の子は言葉に詰まりうつむいてしまった。おじいさんは男の子に優しく語り始めた。
「それはきっとお前さんの言うようないつかは滅さなければならない存在じゃろう。じゃが焦ってはならない。お前さんはまだ若い。十分に成長を遂げてからでもおに退治は遅くは無いじゃろう。時を待つのじゃ。それが今のお前さんに一番大切なこと。…ばあさんや。あれを」
呼ばれたおばあさんは何かを心得ていたらしく、おじいさんに黍を手渡した。
「これはわしからの餞別じゃ。わしは若い頃に道に迷い、そこらがやせた土地でな。餓死寸前になったことがあるんじゃ。その時に黍が生えているのを見つけて、なんとか命拾いしたことがあってな。以来、黍はわしにとってお守りのようなもんじゃ。きっとおまえさんのことも守ってくれるじゃろうて」
おじいさんは男の子に黍を握らせた。男の子は黍を握り締めたまましばらく黙っていたが突然立ち上がった。
「僕、心のどこかでそう言われることをずっと期待していたようです」
男の子は至極サッパリした顔をしていた。
「もし生まれ変われたらあなたのような父が欲しいですね」
そう言うと、男の子は照れくさそうに笑い、嬉しそうに尻尾を振りながら桃の方へと全力で駆けて行った。男の子は割れた桃へ器用に乗り込むと桃の切り口はきれいにふさがり、桃は再び下流へと流れ始めた。

「ばあさんや」
「なんですか。じいさんや」
「わしらの間に子どもがもし出来るならあんな子どもがええな」
おばあさんはニッコリと笑って頷いた。日が沈みかかっていてジャングルは真っ赤に染め上げられていた。
「じいさんや。わしゃ思い出したよ」
「何をじゃ」
「あの子がする話に似たような話に覚えがあると言うたけど、ありゃ夢をみたんじゃ。何か悪い奴がわしらの住み家を荒らしとる夢じゃった。たしか奴らは自分のことを鬼といっとったわ」
「そうじゃそうじゃ。わしも同じ夢を見た。あれは嫌な夢じゃった。じゃがあの子がきっと何とかしてくれるじゃろうて。なあ、ばあさんや」
「ええ。きっと大丈夫じゃ」
なまけもの夫婦は男の子に思いを馳せながら仲良く川の方を見つめていた。

人類が生まれる前の昔々のそのまた昔のお話でした。



【プロローグ〜桃太郎〜――終】