−なぜだろう−
俺はいつも思う。普段何事にも心を動かされないのに、秋風に舞う木の葉たちを見ると、言葉にならないほど強く、複雑で、そして不快な感情が胸を突き抜けていくのは。
−決まっている あの日からだ−
今は学校の帰り道。帰る友達は、みな用事があるようで、今日は一人である。俺自身、何も用がなく、これだけ学校を早く出るのは久しぶりだ。いつもなら役員の仕事で、目の回るような忙しさなのだが。
校門を出ると、やはり中学生の姿は少ない。背が俺の胸あたりもない小学生がほとんどで、何やら楽しそうに騒いでいる。
「受験かぁ」
あまりに和やかなその光景を見て、俺はため息のように呟いた。これでも来年に高校受験を控えた中学三年。と言っても、高校を高望みしているわけではないので、他の奴らみたいな事はしていない。とりあえず安泰と言ったところだ。
上を見ると澄み切った青空が続いている。純白の入道雲も広大で、『秋空』と言うのにふさわしい天気である。視線を少しずつ下げていくと、塗料のはがれかけた学校、布団を干しているマンションの一室、時刻表がほとんど見えなくなっているバスの停留所。見慣れた、いつも通りの眺めである。なのに、そんな平穏な光景に似つかわしく、俺の心は、この寂しげな季節の訪れを俺に教えるように、虚無感で満たされていた。
坂道を越え、いつもの細い路地を進んでいくと、笑顔の小学生の中に一人、真剣なまなざしで俺を見つめる少年がいた。その瞳は、硝子玉のように澄み切っていて、きれいだった。
少年があまりにも熱心に俺を見つめるので、俺も少年のことが気にかかり、首をかしげ、その少年を問いかけるような目つきで見つめた。しばらく眺めていると、いつの間にか周りにいた小学生たちは姿を消し、ここにいるのは、俺と少年。そして、相変わらず宙で舞い踊る寂しげな木の葉だけだった。
「かずしー、まってよー」
ぼくを呼んでいる。もちろんかつやの奴だ。赤いじゅうたんの続く山の頂上で、ぼくはかつやを見下ろしていた。夏は、若々しい青葉で覆われているこの山も、この時期になれば、木々は着飾る事に疲れ、衣装を脱ぎ捨て、衣装たちは赤いじゅうたんへと姿を変える。ぼくは、この楽しい季節が一番好きだ。
かつやはじゅうたんをカサカサ鳴らしてぼくのところに向かってくる。勢いよくけりだす足に、枯れ葉たちもいっしょに舞う。山の上からは、空も一段と大きく、そして透明に見える。
「やっぱりはやいなー。かけっこしたらいつもぼくがビリだもん」
かつやが不服そうにほおを膨らませた。その顔はまるでふぐのようである。
「つぎはなにしてあそぼうか」
かつやが口を膨らませたまま器用に言った。
「その口、何とかしろよ」
「わかったから何してあそぶ?」
「うーん」
腕を組んでぼくは考えた。いつもこうである。同い年である二人なのだが、どちらかと言えば、ぼくの方が何かと押し付けられがちで、いつも何をするのかを決めるのもぼくである。
何気なしにぼくらのひみつ基地がある後ろの方へ目を向けると、真っ赤に染まった紅葉の林に混じって、どんぐりの木が見えた。ぼくははっとひらめいた。
「そうだ。どんぐりを拾いに行かないか、ここから見えるんだけど……」
「どこどこ?」
かつやが目を輝かせて辺りを見回す。
「ほら、ひみつ基地の近くの林」
「あっ! 見つけた」
かつやがさらに目を輝かせて飛び跳ねながら言った。
「行ってみようか」
「うん!」
「それじゃあ、林まで競争だー」
「えー」
ぼくは力いっぱい地面をけった。かつやの時と同じように、木の葉が舞い上がる。かつやがあわててぼくの後ろについてくる。ぼくは勢いよく山を駆け抜けた。途中、勢いがつきすぎて、つまずき、ど派手に転んだ。ぼくのTシャツと短パンが泥と木の葉まみれになった。転んでその場に座り込んだぼくの目の前に、ぼくと同じく、バランスを崩してぼく以上に豪快に転ぶかつやの姿が見えた。かつやは、ぼくの十メートル先くらいで倒れた。かつやがゆっくりと起き上がった。ついている泥の量もかつやの方が多い。顔も泥で真っ黒になっている。ぼくは大声で笑った。ぼくに気付いたかつやもぼくの顔を見て大笑いした。きっと、ぼくの顔も泥だらけなのだろう。
ぼくらは競争を中止して、顔を洗うために、ひみつ基地の近くに流れている小川に向かった。ぼくらしか知らないひみつの小川だ。山を下っていると、赤とんぼの群れがスイスイとぼくらの横をかすめていった。
山を下り終えると、ぼくらは、曲りくねった獣道を進んだ。左右には、ぼくらより大きいススキが、地面を覆い尽くすほどに生えている。そこを抜けると、近くの林の枝を拾って作ったぼくらの自慢のひみつ基地があり、小川もすぐそこにあるのだ。
獣道を抜けた。秋の日差しが小川にきらきらと反射して、とてもまぶしい。ぼくは目を細めながら、小川へかけだして行った。かつやも一緒についてくる。小川は、昨日の雨で少し水かさが増してしているらしく、波を立てていた。小川の上を、赤や黄色の舟がその荒波にもまれながら、しかし、楽しそうに流れて行くのが見えた。
ぼくとかつやは、冷たい水で顔を洗った後、小川を渡り、例のどんぐりの木へ向かった。
山から見たときには気がつかなかったが、どんぐりの木はとてつもなく大きく、見上げていると首が痛くなってくるほどだった。
かつやは疲れた首をグルグルまわしながら、ぼくに言った。
「さっきのかけっこは負けたけど、どんぐり探しじゃ負けないよ」
「それなら競争だ」
ぼくらはかけだして、しきつめられた赤い紅葉のじゅうたんの下に隠れたどんぐりを、砂浜の貝をさがすようなワクワクした気分でさがし始めた。こおろぎや鈴虫たちが。自慢の歌声を響かせている。それに合わせて、ススキがサラサラと揺れる。遠くから聞こえてくる小川のせせらぎ。全てが緩やかで、透明でゆっくりとしていた。
ぼくらは時を忘れて、どんぐり探しに夢中になった。いつの間にか日は沈み、西の山々や、入道雲が真っ赤に燃え始めた。その様子は、夜を迎えようとする情熱的な踊りのようであり、何かに怒っているようでもあった。
ぼくは順調にどんぐりを見つけ、『森の真珠』とでも言うべきほどに大きく、つやのある、玉のようなやつを二つも見つけた。ぼくは満足のいくどんぐりが手に入ったので、体を起こした。
「大きいやつ見つかった?」
かつやも体を起こした。しかし、かつやは元気なく首を横に振り、その顔は憂鬱そうだった。かつやはぼくのそばにやってきて泥だらけになった自分の手を開いた。その上には、小さいどんぐりや、虫に食われたようなどんぐりしかなかった。かつやは下を向いたままだった。
「何をやってもかずしには勝てないや」
かつやは震えた声で言った。
「きょうはたまたまだよ。明日またここにきて一緒に探そう」
かつやは首を静かに横に振る。かつやの気持ちが痛いほど伝わってきた。木々が何か言いたげに木の葉を舞わせる。
ぼくはしばらく考えると、自分のポケットから一番大きいどんぐりを取り出して、かつやの手にすべりこませた。
「これ、二つあるからあげるよ」
「いいのもらって?」
「うん。だからなくなよ」
「泣いてなんか…いないよ」
そう言って顔を上げたかつやの顔は、涙と鼻水でグチャグチャになっていて、ぼくは思わず吹き出した。
「かつや、すごい顔だぞ」
「うるへー」
涙声でかつやは叫んだ。しかしその顔には怒った様子はなく、喜びに満ちあふれているように見えた。
ぼくらはどんぐりの木によしかかって座った。空は、赤から青のグラデーションへと姿を変えた。秋風が僕らを優しく包む。風はひんやりとしていて気持ちいい。かつやは、ぼくからもらったどんぐりを嬉しそうに眺めている。ぼくは、そんなかつやの姿を見て、一つの名案を思いついた。
「これさぁ、友だちの証にしようよ。ぼくたちがずっとっずっと大きくなって、はなればなれになってもずっと仲良しでいられるためのお守りさ。そしてね、大人になったらこれを見せ合うんだ。そうだな、後10年もたったら大人かな」
ぼくが指で鼻をこすりながら、そう発言するとかつやは大声で笑い出した。
「なんだよー。恥ずかしいじゃないか。笑うなよ。笑うなって」
かつやはまだ腹を抱えて笑っている。
「だって、指で鼻をこするから、鼻のところだけ真っ黒なんだもん」
空は見る見るうちに色を深め、お互いの顔がはっきりと見えなくなり始めていた。ぼくらは黙って空を見つめていた。一番星がきらりとまたたいた。その時にかつやが小声で、「このどんぐり大切にするからね」とつぶやき、どんぐりを握り締めたのを、ぼくは見逃さなかった。
「帰ろうか。お母さんが心配するよ」
「うん…」
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
しぼくらは立ち上がり、家に向かって歩き始めた。風が体に染み込んでくるようだ。ぼくらは歩くのを速めた。再三、手を振る秋風に舞う木の葉に見送られながら。
「おにいちゃん、あたまにはっぱがついてるよ」
俺は、少年に声をかけられて我に返った。少年が俺を見ていたのはこの木の葉のせいらしい。俺はあわてて木の葉を払った。少年は、そんな俺の様子を見ておかしそうに笑っている。何も知らない純真な笑顔。かつての俺も、こんな笑顔を見せる事が出来たのだろうか。俺が立ち去ろうとすると、少年はまだ用があるらしく、じっと俺を見つめている。
「何か用かい?」
俺は優しく少年に話し掛けた。
「おにいちゃん、あきはすき?」
少年は俺にそう問い掛けた。俺は戸惑った。
「きらいなの? ……」
少年が悲しそうな表情を見せる。俺はあわてていった。俺は、泣き顔を見るのは、昔から嫌いなのだ。
「いや、…好きだよ」
自分でもはっきりとわかるくらいギクシャクとした口調で言った。自分に嘘をつくことがこれほど苦しいとは思わなかった。俺の額から冷や汗が流れ出る。
少年はその事には気付かなかったらしく、俺が秋を嫌っている事を否定すると、少年の顔に再び笑顔が戻った。
「それじゃあぼくとおなじだね。ぼくもあきが大好きなんだ。このはがすごくきれいだから。そうだ!」
少年は嬉しそうに声を上げると、自分のポケットから、何かを取り出した。俺の目に茶色の残像が映る。
−どんぐり−
昔見た、限りなく球形に近い、あの独特のつやを持ったどんぐりである。
「おにいちゃん、あきがすきならどんぐりもすきだよね」
「う…うん……」
声が引きずった。恐ろしいほどに昔が思い出される。
「それじゃあこれあげる」
少年は紅葉のような手を俺の前に突き出した。
「これを…お兄ちゃんにくれるのかい?」
俺は少年の手の平から、そのどんぐりをつまみ上げた。
「うん。さっきあったひとからたくさんもらったから。そのひとと、すぐにともだちになったんだよ。『どんぐりは友達の証なんだ』っていってた」
「……!」
−克也!?−
俺は、すぐにそう思った。しかしかつやは十年前に……。俺は真実を知りたくなった。
「その人とはどこで会ったんだ!」
俺は、気が動転してその口調は荒々しいものとなっていた。
「……あっち」
少年は慌てふためきながら、すぐそこの公園を指さした。
「ありがとう」
俺は、どんぐりをポケットに入れると、礼もしないで少年の示した公園へ走った。
「こわいおにちゃん…」
少年がつまらなそうにつぶやいた。
しばらく走ると、目的の公園についた。遊具があまり無いところから、自然公園のようだ。この辺には長くすんでいるがはじめてみる場所だった。草と木だけである。黄金色のすすきがサラサラと揺れ、俺の胸にノスタルジックな感情がこみ上げてきた。
俺は、背伸びをしたところで視野は大した変わるわけでもないのに大きく背を伸ばして辺りを見回した。しかし、そこには小さい子供やそれを見守る母親の姿しかなかった。
−何をがっかりしてるんだ、決まりきった事じゃないか−
そうだ。克也がここにいるなんてありえないんだ。馬鹿馬鹿しい。
−…かずし…−
俺は、はっとして後ろ振り返った。
目を疑った。泥だらけのズボン、泥まみれのTシャツ、そして、泥で真っ黒になっている懐かしい笑顔……。心に秋風が再び吹き抜けた。
「一志は将来何になりたいの?」
いつものように遊んだ帰り。今日は笹舟を流して遊んだ。空はいつものように真っ暗で、かつやの顔ははっきりと見えない。
「うーん。そんな先のことかんがえてないや。かつやは?」
「おれさぁ……」
かつやは上を向いたまましばらく黙った後、
「ずっとこのままがいいなあ。おとなってたいへんそうだし、今のほうがずっと楽しそうだもん」
「けどいつかは大人にならなくちゃいけないんだよ」
「なんでかな」
空はいっそう深く染まり藍色のカーテンがかかっているようだ。ぼくはかつやの疑問に答えようとする。
「きっと、もみじと同じだよ」
「なんで?」
かつやが不思議そうに言う。
「もみじのはっぱって、夏のあいだは楽しそうにみんなといるけど、秋になったら木からはなれて一人ぼっちでがんばらなくちゃいけないでしょ」
「うん」
かつやはぼくの話に真剣に聞き入っている。
「もみじだって仲間とはなれるのはいやだけど、ぼくらに秋がきたってことを教えるために落ちて来るんだ。一志だって、だれかのために大人にならなくちゃいけないときがいつかは来ちゃうんだよ」
「そうなんだ。一志ってものしりなんだね。感心したよ」
「まぁね」
ぼくは得意になって胸を前に突き出した。
いつもの山を下り、小さな森を抜けると、そこにぼくらの家がある。ぼくらはその森を抜けようとしていた。だが、何か様子がおかしい。家々のあたりが妙に明るく、大人たちの騒ぐ声が聞こえるのだ。
「行ってみよう!」
「うん!」
走って森を抜けると、そこには愕然とするような光景があった。燃えているのである。家も、木々も、何もかもが。暗闇に走るその線は、空へ力強く伸びている。めらめらと音を立てて燃えるその赤い悪魔に、大人たちは、必死になってバケツリレーをしている。しかし、乾燥した空気の中では、まるで油を注いでいるようで、火はますます大きくなっていった。僕らはあまりの光景に呆然と立ち尽くした。まさに修羅場というべき眺めだった。
突然かつやが、びくりとした。そしていきなり火が燃え盛る方向へと走り出した。
「あぶないよ! 早く戻って!」
僕はあわてて叫んだ。しかし、かつやは止まって振り向いた。
「お母さんが病気で家で寝てるんだ! きっとまだ家の中に」
その顔にはゆるぎない強さがあり、ぼくはかつやの顔に大人の顔を感じ取った。
「それに…友達の証も取ってこなくっちゃ」
かつやは前に向きなおすと再び走り始め、火炎の中へ突っ込んでいった。
「よすんだ! むだなだけだよ! どんぐりなんてまた拾えばいいじゃないか!」
僕はかつやを追おうとしたが、顔に焼きつく熱さに百メートルも近づく事が出来なかった。
「かつやー!!」
僕の叫び声は、やって来た消防隊のサイレンにかき消された。轟々と唸る炎の渦の中に消えていくかつや。その次の日、僕はかつやの消息を知るまもなく、おじの家に引っ越す事になった。それから十年間、僕はかつやに会う事はなかった。そしてふと思うのだ。もし僕がどんぐりを渡さなければ、かつやはあの燃え盛る家へ駆け出さなかったかもしれないと。
−かつや…なのか−
俺は引きずるような声で少年に問い掛けた。少年はげんきいっぱいに大きくうなずいた。
−ひさしぶりだね−
懐かしいその声は、昔のままだった。ぼくは言葉を失った。
少年は、親指で鼻をこすると、泥だらけのポケットからぼくがあげた、あの真珠のような、あのどんぐりを取り出した。
−十年目だよね、約束の−
俺はただ茫然と聞き入って、うなずくしかなかった。どんぐりは未だに色あせておらず、あのころの輝きをいまだ持ち続けていた。いや、むしろいっそう輝きを増し、黄金色に輝いているようにさえ見えた。
俺も、自分の財布からどんぐりを取り出した。しかし十年経った今、それは傷だらけで、つやは全く無くなり、十年前の面影など、みじんもなかった。まるで輝きを失った俺を象徴しているようだった。
−ちょっとかして−
少年が手を差し出した。俺は、震える手で傷だらけのどんぐりを少年に渡した。少年の手から、なんともいえない暖かさが俺の手から伝わって、俺全体を包み込んでいくようだった。
少年は、俺のほうをちらりと見たかと思うと、自分のどんぐりと、俺のどんぐりをくっつけた。すると、俺の傷だらけのどんぐりは、まばゆい光を撒き散らしながら、少年と俺を強い光の中に包みこんだ。
俺は眩しい中、細目を開けて少年を見た。少年は鮮やかな赤色、ちょうど紅葉のような光を発し、満面の笑みを浮かべている。それはちょうど、あの山を駆け抜けたときと同じような笑顔だった。どんぐりからの黄金色の光は、徐々に弱まっていった。
−これでもとどおりだ?−
少年は弾んだ声でどんぐりを俺に返した。どんぐりに十年前の輝きが再び宿った。あの玉のような、独特のつやが、俺に「久しぶり」と輝いた。
−たいへんだったんだね−
俺は何もいえない。たいへんだったのはかつやの方なのに、俺はかつやに語りかける言葉がなかった。
−けど、もうだいじょうぶ。ぼくはだいじょうぶだから−
俺の瞳から涙が一筋流れた。その声は鼓膜ではなく、俺の心へ直に、そして優しく響いた。
−なに泣いてるんだよ。ともだちだろ−
−うるへー−
俺は顔をくしゃくしゃにして言ってやった。
少年は少し驚いた様子を見せたが。その無邪気な微笑みはいっそう俺の涙を誘った。
−もうだいじょうぶだからね−
少年は念を押すようにそう言うと、きらきら光る紅葉に包まれて遠い空に消えていった。俺の心の孤独は少年の吹いた柔らかな秋風によって溶かされた。
「あなた。お茶でもどうですか」
「ああ、煎茶で頼むよ」
私は寒いのを我慢して、ベランダから外の景色を見ていた。今は秋、外は深紅に染まった紅葉で彩られている。私は舞い踊る木の葉に目を向けながら、妻が入れた煎茶をすすっていた。
「こっちに越して来て良かったですね。空気はきれいだし、こんなに素晴らしい庭があるんですもの。あなたの言う通りでしたわ」
「ああ。昔からの夢でね。どうしても団栗の木がある庭がほしかったからな。」
そう言うと、私は昔のままの姿をした団栗の木に目を向けた。木の下で、4歳になる息子が近所の友達と団栗を集めて遊んでいる。そのうちに息子が、大きくきれいな二つ団栗を手で拾い上げ、こう言った。
「これ、友達の証ね」
私の胸にあの時の秋風が吹きつけた。しかし、吹き抜けはしない。今の私の心はもう、一人ではないのだから。わたしは、死んだ昔の私のための鎮魂歌に耳を傾けた。
【Red Leaf Requiem――終】

