僕は、周りはたくさん古い家があるのに、そこだけ仲間外れみたいな草むらの中を、サワサワゆれる小道を「彼」に手をひかれて歩く。
枯れかけの黄緑。くもり空。
大きな木が、草むらの中で、にっこり笑って両手を広げて、やさしく動く。
カサカサと静かにささやいた気がする。
いらっしゃい。
と。
僕はエレベータに「彼」と乗っていた。
うおんうおんと呻かない。
静かに浮き上がる箱で、二人きり。
りっぱでしょ。
「彼」はうれしそうに言う。
すごいね。
僕もうれしそうに言う。
あらこんにちは。
おばさんがにこにこして僕を迎えてくれた。
おじゃまします。
僕と「彼」は、円くて木のにおいがするお茶の間をてくてく歩いて、「彼」の部屋へ行った。ここも、木の部屋。
くりぬいた様な円い窓と、木の机、木のベッド。こしかけると、小さな音をたてて、ぬくもりと気持ちいいお日さまのにおいがあふれてくる。
なにする?
「彼」が聞いてくる。
それから、ファミコンをしたり、人生ゲームをしたりして、遊んだ。
太陽に色がついて、落ちてこようとしてた。
僕はちょっと嫌だった。
いつも、空が真っ赤になったら、帰らなきゃいけない。
なにする?
今度は僕が聞く。
なにする……。
「彼」がかえしてくる。
金色のふちの円いかけ時計がカチカチ言う。
二人して、ぽつぽつ話すだけで、ぼおっとしていた。
かけ時計がほんのり赤くなってきた。
ああ、もうあれだけしか遊べない。
ああ、もうあれだけ……。
いつ帰る時間がくるのか、いつまでいられるのか、考えていると、不安になって、どきどきする。
「彼」も赤くなっている。太陽のせいだ。
僕もきっと赤くなっている。
みんな赤くなっている。
暖かい。
僕を家に帰させるくせに。
カチカチ。
ドキドキ。
帰りたくない。
もっと一緒に遊んでいたい。
ね。
「彼」が僕の方を向いて、オトナみたいに笑んで言った。
きみは、ボクのことがすき?
好き? って聞かれても……。いきなり答えられないのに。
でも、僕は「彼」のことが好きだったから。
うん、……すき、だよ。
はずかしかったけど言った。
だって、ともだちでしょ? すきなひとだから、ともだちっていうんでしょ?
僕が言うと、「彼」はにっこり笑って、
ありがとう。
って言った。何か、うれしかった。
これからも、トモダチでいてくれる?
「彼」がそう聞くのに、僕はうなずいた。
どうして、顔より胸がポカポカするんだろう?
どうして、きみはボクのことがすき?
ちょっとしてから「彼」が聞いてきた。僕は、またいきなり変なことを聞かれたので、少し困って、わからないと首をふった。
じゃあ、きみはボクのことがたいせつ?
うん。
僕はすぐ答えた。そうか、と彼はうなずいて、続けた。
あのねえ、きみがボクのことをすきなのは、ボクがたいせつだからだよ。
僕は、よく分からないので首をかしげた。「彼」はまた笑んだ。
すきだってことは、たいせつだってことなんだ。そうしてね? たいせつなものだっておもうには、それとはなればなれにならなけれりゃいけないんだ。
どうして? さびしいし、いやだよ?
僕は少し悲しいと思った。でも、「彼」は笑顔だった。
ほんとうにたいせつなものは、いちどなくならないとたいせつにはなれないんだ。ボクときみは、いつもはなればなれになるだろ? ないから、ほしいもの、だいじなものって、わかるんだよ。
わかってくれる?
「彼」が言うことは、お母さんより優しく感じた。でも、僕にはその意味はむずかしい。
カチカチ。
二人で時計を見た。
もうかえるじかんだね。
夕焼けなんて、キライだ。
あら、かえるの?
僕と「彼」が出てくると、おばさんはにこにこしてエレベータの前まで見送ってくれる。
おじゃましました。
僕はがっかりしながら、また「彼」とエレベータに乗って、静かに下ろされていく。
僕も、「彼」も何も言わない。
いつもそうだ。
いつも?
真っ赤な夕焼け色の草むら。キャベツにケチャップをかけた色を思い出す。
二人で、大きな木の下にいた。
ねえ。
また「彼」が話しはじめる。
ジュウリョクって、しっている?
重力の話をされて、僕はとりあえずお母さんから前に聞いたことをそのまま言った。
みんながフワフワ、どこかへいかないように、ちきゅうがくっつけているんでしょ?
「彼」は、感心したように、
すごいね。ものしりだ。
と言った。
少し強い風が吹いた。
いかなくちゃ……。
「彼」はさびしそうに言った。
僕は、急にすごく苦しくて、悲しくなった。
まって! いかないで!
「彼」はゆっくり首をふった。
だめ。いかなくちゃ……。
「彼」がうすくなっていく。僕はどうしたらいいかわからなくて、
まって……!
と、「彼」の正面で泣きそうになりながら言うしかない。
分かっているんだ。
またずっと、会えなくなる事。
どうして?
もう、太陽はいなくなって、青とピンクが混ざる空。もう、会えなくなる。
「彼」はそれでも、笑んだ。
だいじょうぶ。ボクはいなくならないよ。
ザザァ……、とさらっていく音がした。
もう、「彼」の顔から下は見えなくて、顔もぼんやりかすんでいる。
トモダチっていってくれて、
ありがとうね。
ざざぁ……。
「彼」はいなくなった。消えていた。
僕は、そこで立ったまま、ふるえていた。さむかったんじゃなくて、悲しいんじゃなくて、これを見るのが、とても辛くて――
ざわざわ、さわさわと、風ばかり吹く草むらで、僕は空を見上げた。
真っ暗な空に、たくさんのきらきら星と、月が1つきれいにあって。
“また、あえるよ”
ありが
とう」
僕が目覚めると、ほおをあついものが流れた。いつまでも、いつまでも、あの胸のポカポカだけ残って……。
――それは、そんな夢だった。
僕が只一つ誇れる、宝物の様な夢――
【グラビティ――終】
